仙台高等裁判所 昭和30年(ネ)134号 判決 1961年4月28日
控訴人(原告) 佐々木好巳
被控訴人(被告) 岩手県知事
主文
原判決を取り消す。
被控訴人が昭和二四年三月三一日付岩手る第三八八号買収令書をもつて原判決別紙第一目録記載の各農地についてした買収処分および同日付岩手る第三八五号買収令書をもつて原判決別紙第二目録記載の農地についてした買収処分がいずれも無効であることを確認する。
訴訟費用は第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、
控訴代理人が、
一、原判決事実摘示(三)の本件農地買収処分についての違法事由の主張を撤回する。
二、右の買収処分には、なお、つぎの如き無効事由がある。
(一) 被控訴人は、原判決別紙第一目録記載の各農地につき、旧自創法第三条第五項第六号に該当するものとして、その旨記載した買収令書を交付し、本件買収処分をなしたが、右各農地は、基準時並びに本件農地買収計画樹立当時において、現に耕作の目的に供されていたものであるから、前記法条にいうところの不耕作農地に該当するものとしてなされた右各農地についての本件買収処分は、当然無効である。
(二) 本件農地買収処分は、飯岡村農地委員会および被控訴人において、本件各農地が基準時当時から今日まで控訴人の所有であり、かつ、これにつき昭和二四年五月九日に控訴人名義に所有権移転登記が経由されていることを知りながら、あえて亡佐々木長右衛門名義のもとに佐々木勇を相手方としてなされたものであるから、当然無効である。
三、佐々木勇は、飯岡村農地委員会に対して、本件農地につき控訴人名義に所有権移転登記をなすことの手続方を願い出たまでであつて、被控訴人主張の如く右農地の所有者としてこれが買収の申出をなしたものではない。
と述べ、甲第一五号証を提出し、当審証人佐々木勇(第一、二回)、吉田秀雄の各証言を援用し、
被控訴代理人が、
一、原判決別紙第一目録記載の各農地についての本件買収処分は、旧自創法第三条第五項第七号によつたものであつて、その買収令書に該当法条として同法第三条第五項第六号と記載されているのは、本件買収計画樹立当時における改正前の申出買収に関する条項を掲げたまでにすぎない。
二、控訴人の前記二の(二)の主張事実のうち、昭和二四年五月九日本件各農地につき控訴人名義に所有権移転登記がなされたことは認めるが、その余は否認する。被控訴人および飯岡村農地委員会は、右の所有権移転登記がなされたことを知らなかつた。
三、仮りに、本件各農地が基準時当時控訴人の所有であつたとしても、前記農地委員会は、本件農地買収計画樹立当時における右各農地についての登記簿上の記載を信じて、その買収計画を樹立し、これにもとづき本件買収処分がなされるにいたつたものであるから、同買収処分を当然無効となすことはできない。
四、仮りに、本件各農地が旧自創法第五条第六号、同法施行令第七条第二号にいうところの一時賃貸にかかる小作地であつたとしても、右の如き小作地にはあたらないとしてなされた本件農地買収計画およびこれにもとづく本件農地買収処分を当然無効となすことはできない。
と述べ、当審証人浅沼治郎、才川末蔵の各証言を援用し、甲第一五号証の成立を認め
たほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
理由
一、原判決別紙第一、第二目録記載の各農地がもと控訴人の父佐々木長右ヱ門の所有であつたこと、昭和一九年五月九日同人が死亡し、控訴人の兄佐々木勇がその家督相続をなしたこと、飯岡村農地委員会が被控訴人の指示にしたがい昭和二四年二月二三日右各農地につきその登記簿上の所有者である前記亡長右エ門を相手方名義とし現実にはその家督相続人である右勇を相手方として控訴人主張の如き買収計画を樹立し、同月二四日その旨公告し、かつ書類を縦覧に供したこと、その後、右買収計画に対し、前記勇から飯岡村農地委員会に異議の、岩手県農地委員会に訴願の各申立がなされたが、前者は却下、後者は棄却されたこと、続いて、被控訴人が県農地委員会の承認手続を経、前記長右エ門を名宛人とする控訴人主張の同年三月三一日付各買収令書を発行し、同年一二月一二日右勇にこれを交付して、前記各農地につき買収処分をなしたことは、いずれも、当事者間に争いがない。
二、そこで、控訴人が本件農地買収処分の無効事由として主張するところのものを順次判断する。
(一) まず、控訴人は、事実摘示二の(一)の如く、原判決別紙第一目録記載の各農地についてした本件買収処分は当然無効であると主張する。そして、成立に争いのない甲第一号証(右各農地についての買収令書)には、前記第一目録記載(1)(2)の各田につきその旧自創法上の該当規定として「法第3条5の6」と記載されていることが明らかであるが、右は、昭和二四年六月二〇日法律第二一五号による改正前の前記農地買収計画樹立当時並びに同農地買収の時期たる同年三月二日当時における旧自創法第三条第五項第六号を該当条項として掲げたものであることは、後に認定するとおりであるから、買収令書に右の如き規定の記載があるからといつて、被控訴人が前記農地を右の改正後の旧自創法第三条第五項第六号にいうところの現に耕作の目的に供されていない農地に該当するとしてこれにつき買収処分をなしたものと認めなければならないものではなく、他に右事実を認めしめるべき証拠がないばかりでなく、前記甲第一号証成立に争いのない同第三号証、同第九号証の一、二に原審並びに当審証人吉田秀雄の証言を総合すると、右各農地についての買収処分は、前記改正後の旧自創法第三条第五項第六号によつたものではなく、改正前の右農地買収計画樹立当時並びに同農地買収の時期たる昭和二四年三月二日当時における同法第三条第五項第六号(改正後の同法第三条第五項第七号)にもとづいてなされたものであること、それで、前記買収令書には、改正前の同法の右規定を該当法条として記載したことをそれぞれ認めることができる。そうすると、右各農地についての買収処分が改正後の旧自創法第三条第五項第六号にもとづいてなされたものであることを前提とする控訴人の右主張は、すでにこの点において理由がない。
(二) つぎに、控訴人は、事実摘示の(二)の如く、本件農地買収処分は、飯岡村農地委員会並びに被控訴人において、本件各農地が基準時当時から今日まで控訴人の所有であり、これにつき昭和二四年五月九日に控訴人名義に所有権移転登記が経由されていることを知りながら、あえて亡佐々木長右エ門名義のもとに佐々木勇をその相手方としてなされたものであるから、当然無効であると主張する。そして、本件農地がもと控訴人の父佐々木長右エ門の所有であつたこと、昭和一九年五月九日右長右エ門が死亡し、控訴人の兄佐々木勇がその家督相続をしたことは、前認定のとおりであり、この事実に前記甲第九号証の二、成立に争いのない甲第五号証(後記の措信しない部分を除く。)、同第一〇ないし一二号証、同第一四号証(後記の措信しない部分を除く。)、前記証人吉田秀雄、原審並びに当審証人佐々木勇の各証言(後者は各第一、二回。原審での第一回、当審での第二回中後記の各措信しない部分を除く。)を総合すると、前記佐々木長右エ門は、生前、控訴人を分家させるについて、家、屋敷並びに数反の田を控訴人に分与したいとの意向を前記佐々木勇にもらし、同人は、その旨を同居の控訴人に伝えたが、それを果し得ないでいるうちに右長右エ門が死亡するにいたつたこと、同人の家督相続をし本件農地等の所有権を取得した前記佐々木勇は、昭和一九年九月頃、亡長右エ門の遺志にしたがつて当時登記簿上は同人の所有名義であつた本件農地を控訴人に贈与したが、これが所有権移転登記手続は、控訴人の応召その他の諸支障のためになされないでいたこと、旧自創法上明らかないわゆる基準時たる昭和二〇年一一月二三日当時における本件農地の所有者は、控訴人であつたことをそれぞれ認めることができ、これに反する甲第三ないし五号証、同第九号証の一、同第一四号証、乙第一号証の各記載並びに当審証人浅沼治郎、才川末蔵の各供述は、前記の各証拠に照らして信用しがたく、また、原判決別紙第一目録記載の農地についての買収処分が旧自創法第三条第五項第七号(前記のとおり改正前の同法第三条第五項第六号)に定められた農地所有者の買収の申出によるものとしてなされたことは、前認定のとおりであり、前記証人吉田秀雄、佐々木勇(原審は第二回、当審は第一、二回)の各証言を総合すると、右の申出は、佐々木勇がなしたものであることを認めることができ(これに反する原審における証人佐々木勇の証言(第一回)は信用しがたい。)、前記各農地が当時佐々木勇の所有であつたかの如くであるが、右の各認定事実に前記甲第九号証の一、二、右証人吉田秀雄、佐々木勇(原審は第二回、当審は第一、二回)を総合すると、佐々木勇は、前記のとおり、本件農地につき控訴人名義に所有権移転登記手続をなし得ないでいるうち、旧自創法が施行されるにいたつたので、昭和二四年二月飯岡村農地委員会庁舎へ赴き、たとえ本件農地が自己の所有と誤認されてもその全部が旧自創法上当然に買収処分の対象となるべきはずのものではなかつたのであるが、右農地の登記簿上の所有名義を控訴人に移転するための便法として、同委員会係員に対し、本件農地が控訴人の所有であることを申し述べ、さらに、一応右農地につき買収処分をなしたうえ、これが売渡処分は控訴人を相手方としてなされるよう取り計らわれたい旨願い出たところ、同委員会は、右農地の所有者に関する従前の調査にもとづいて、同農地が前記基準時当時およびそれ以降控訴人の所有に属するものであることを認め、佐々木勇の右申出を諒承したこと、したがつて、佐々木勇の右申出は、前記法条に定められた農地所有者からの農地買収の申出とはいえず、右農地委員会においてもそれを知悉していたことを認めることができるから、前記第一目録記載の各農地についての買収処分が右の如く佐々木勇の買収申出にもとづいてなされたからといつて、右各農地が同人の所有であるものと認めなければならないものではなく、他に右の認定を左右するに足りる証拠は存しない。しこうして、昭和二三年一二月控訴人がシベリヤから復員したこと、控訴人が昭和二四年二月二二日兄佐々木勇を相手方として盛岡簡易裁判所に土地所有権移転登記手続履行の訴を提起し、控訴人主張の請求原因にもとづいて右勇に対し本件農地につき所有権移転登記手続の履行を求めたところ、同年四月九日控訴人勝訴の判決が言い渡され、同年五月七日右農地について控訴人名義に所有権移転登記がなされたことは、いずれも、当事者間に争いがない。しかるに、前記農地委員会が同年二月二三日本件農地につき亡佐々木長右エ門を相手方名義とし現実には佐々木勇を相手方として買収計画を樹立し、その旨の公告、縦覧を経たのに対し、右勇から異議、ついで訴願の申立がなされたが、これらがそれぞれ却下または棄却され、続いて被控訴人が所定の手続を経た後右長右エ門を名宛人とする各買収令書を発行し、同年一二月一二日前記勇にこれを交付して本件農地につき買収処分をなしたことは、前認定のとおりであり、前記甲第三号証並びに成立に争いのない同第四号証によると、右の異議却下が同年三月七日付、訴願棄却が同年七月三〇日付でそれぞれなされたことを、成立に争いのない甲第七号証に当審証人佐々木勇の証言(第二回)を総合すると、佐々木勇は、同年五月八日頃登記済印の押されている本件農地についての控訴人名義の所有権移転登記申請書(甲第七号証)を前記農地委員会の係員才川末蔵および岩手県農地課所属の本件担当係員浅沼治郎に示し右農地がすでに控訴人名義に所有権移転登記済である旨を申し出たことをそれぞれ認めることができ、これに反する前記証人浅沼治郎、才川末蔵の各証言は信用できないし、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。以上認定の諸事実を総合すると、旧自創法上の基準時たる昭和二〇年一一月二三日当時および同日以降における本件農地の所有者は控訴人であり、飯岡村農地委員会は、右を知悉していたが、佐々木勇からの前記申出にもとづき、昭和二四年二月二三日、本件農地の右の基準時当時における所有者が控訴人であることを知りながら、原判決別紙第一目録記載の各農地については所有者たる佐々木勇から前記法条による買収申出がなされたものとして同法条に名を仮託し、同第二目録記載の農地については同法第三条第一項第三号に該当するものとして、亡長右エ門を相手方名義とし現実には佐々木勇を相手方とする本件農地買収計画を樹立し、しかも、前記異議決定後訴願裁決並びに本件農地買収処分前、右農地につき控訴人名義に所有権移転登記が経由されたことを知つていたものと認めるのを相当とすべく、また、被控訴人は、本件農地買収処分前、右農地委員会並びに前記浅沼治郎を通じ、右農地の所有者が控訴人であり、かつその旨の所有権移転登記が経由されていることを知つていたものと認めるのを相当とするにもかかわらず、右の買収計画における相手方をそのまま踏襲して本件農地買収処分をなしたものと認めるのが相当である。そうすると、本件農地買収計画およびこれにもとづく本件農地買収処分は、同農地所有者すなわち買収の相手方を控訴人としなかつた点において違法であり、これは右の如き事情のもとにおいては重大かつ明白なる瑕疵にあたるものというべきであるから、本件農地買収処分は法律上当然に無効と解するのを相当とする。
三、してみると、事実摘示二の(二)の事由を本件農地買収処分の無効原因としこれが無効確認を求める控訴人の本訴請求は、その余の点について判断をするまでもなくすでにこの点において理由があるから、これを認容すべく、これと異なる原判決は不当であるから、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鳥羽久五郎 羽染徳次 桑原宗朝)